私らしさ、これから

株式会社ミンタメ代表 野田智宣

サラリーマンを20年もしていました。
電気絶縁材料の研究、生産管理、品質管理の部門を渡り歩きながら、労働組合の幹部もしていたんです。
当時の事を思い出すと、楽しくない時間を過ごしていたと思います。
いろいろな固定概念に縛られて窮屈だったんです。

いろいろな概念から解き放たれ、本当の役割に気付くことで、自分と周りが幸せになるという体験を多くの方に知っていただきたいと願っています。

僕は、人との出会いで化学反応がおこり、その化学反応を繰り返すことで思ってもいなかった素晴らしいカタチが生まれると思っています。
これはビジネスでも同じなんです。

株式会社ミンタメ 代表取締役
平成銀座雑学大学 支配人

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所属団体

野田 智宣(のだ とものぶ)
株式会社ミンタメ 代表取締役
平成銀座雑学大学 支配人

株式会社ミンタメと平成銀座雑学大学は何をしているの?
株式会社ミンタメの業務は以下のとおりです。
・健康商品の卸業
・ノウハウをカタチにするコンサルタント
・人工知能を含むIT導入コンサルタント

平成銀座雑学大学とは
・「千と千尋の神隠し」的な、いろいろな人が集まり、人と繋がることで、自分の本来の使命と役割に気付くことができカタチにできる雑学大学です。

なぜ、この仕事をしているの?
私の前職はサラリーマンです。
約20年、一部上場企業の電気エンジニアとして製品開発、生産管理、品質管理を担当し、国内外を飛び回っていました。また、労働組合の幹部として使用者と労働者の架け橋となっていました。

起業しようとしたキッカケは、サラリーマンに希望がなくなったとか、いろいろあるのですが、1番は労働組合の幹部時代に同僚が業務上の感電事故で全身マヒになってしまったんです。
本人は当初、体が動くようになりたいと強く望んでいたんです。
でも医師は、命があるだけでも奇跡的なことで体を動かすのは難しいと本人の意思とは、かけ離れたゴールを設定してしまったんです。
そうなると、本人は現実を受け入れるしかなくなってしまったんですね。
医師も家族も、そして本人さえも「楽しく生きる」という本来のゴールとは間違った方向にベクトルが向いてしまったことに気付かないものなんだということを見てしまったんです。

第3者の目線で本人、家族が妥協するのではなく、本当に望んでいることへのプロセスを歩んで欲しいと強く思ったのが起業する動機なんです。

設立の場所は?
古都、鎌倉にて設立を致しました。

都内でのサポート対応はどうなりますか?
都内にも拠点(銀座)があります。

みんたのためのミンタメのポリシーは何ですか?
自分のことより”みんなのために”をポリシーにする会社です。

株式会社ミンタメの会社名の由来は何ですか?
起業する前に当時6歳の娘に「お父さん今度はどんな仕事が良いんだろう?」と聞いたところ、「みんなのためになる仕事がいい」と言われました。
こんな子供にも自分がしている仕事が周りのためになっていないことを感じているのかもしれないと落胆したんです。そこで、これからは家族や支えてくれる人と共生しながら、みんなと幸せになろうと誓ったんです。
この気持ちを忘れないために「みんなのため=ミンタメ」という社名にしました。

 

 

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