私らしさ、これから

課題解決コンサルタント 佐藤晃一

課題解決コンサルタントの佐藤晃一です。

「これから顧客」を「今すぐ顧客」にする方法をご存知ですか?
ビジネスを可視化することで、ビジネスの幅を広げる方法をご存知ですか?
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ネットでの集客に悩まれている個人事業主・専門家の方へ
そのノウハウを伝授します!

課題の中にこそ、チャンスがひそんでいます!

理念・世界観

課題解決コンサルタントの佐藤晃一です。

 

私の信念は、

『すべての今を受け入れる。

そして潜在的ニーズに合わせて、美しく創り続ける。』

です。

 

課題のあるところに

次なる可能性が秘められていると思います。

その可能性を繋ぎ合わせることで

豊かな世界を創り続けていきたいです。

 

私のできる範囲内で、何かできることがあれば

喜んでお役に立ちたいと思っております。

私ってこんな人

 

幼少期は、LEGOブロックといつも一緒に過ごしていました。
そして、幼稚園の低学年から、バイオリンを習い始めた。
母は、自分のやりたかったことを僕にさせてくれました。
そんな、幼稚園時代から小学校までは、毎日が、習い事の日々でした。
今、思えば本当に母親に感謝感謝で、その環境を整え継続してくれた父親にも本当に感謝です。
そんな父親も今年で、80歳間近です。

小学年高学年から中学校にかけ、いわゆる反抗期という時期へ、これは、自分の存在意義について、自分に問い合わせていたのだと思います。
中学、高校と、スポーツの日々でした。
今思えば、たまたま運良くスポーツ推薦で高校へ入学したものの、反抗と怪我で、高校を2年で中退。

その後、バイク欲しさに、毎日皿洗いのバイト。またこれも運良く、バイト先で契約社員のお話!
それは、中華調理のコックの道!
17歳からのコック修行でした。その頃は、皿洗いと野菜掃除(長ネギとピーマン)に明け暮れ、ピーマン掃除選手権など、腕を競い合う日々で、とても先輩方に可愛がってもらいました。

コックの世界では、元暴走族!や不良の方々に恵まれ、中学時代の経験がとても役にたち、可愛がられて、麺場から板場までの超加速出世!
夜の飲み会では、ビールをピッチャー一気などをして、可愛がられ、某有名中華料理店○○楼という所の釜の飯を食べれるところまで一気に3年で!
ある意味、異例のスピード出世と言われました。
ところが、コックの世界は、有名店に移れば移る程、給与は、落ちる一方で、将来の夢を語らないと生きていけない日々(苦笑)
将来の夢と、現実とのギャップの幅に、仲間と一緒に、鍋をつついたものでした。

と、その時、Windows95の発売をテレビで観たのです。。これは、今でも忘れない1995年の冬だったような気がします。
男友達と3人で、いつも通り鍋をつついて語り合っている時、テレビでWindows95の発売の瞬間でした!
秋葉原に花火のようなものが上がり、たくさんの人たちが行列をなして、発売を待っているのです。
今となれば、iphoneの発売日に銀座にたくさんの人が並んでいますが、当時は、ビックリしたものでした。

仲間と、『なにこれ?』とテレビに釘付けになり偶然に観ていました。
当時、僕は、○○楼はやめて、某有名ホテルの中華調理に入っていました。

そして、その衝撃的なテレビの2日後に、某有名ホテルの中華調理のチーフに、退職願いを提出して辞めたのです!
チーフからは、どこに転職するのか?と聞かれましたが、『コンピューター業界に転職します!』と答え、その日の昼か夕方にホテルを飛び出してました。
その時のチーフの一言が忘れもせず、『お前、大丈夫か?』と言われたのを今でも覚えています(笑)

その後、秋葉原に一人で行きぶらぶらと。当時、まだまだ、秋葉原は活気づいた街なみでした。

確か、その日の夜に、行きつけのゴールデン街のお店の店主さんのお店に挨拶に行きました。
コックを辞めましたという報告のためです。
当時は、自分の中華のお店を出すために、今の仕事(コック)を安月給でも頑張っていた!と言い張っていましたので、一応そのご報告に~

そんで、そのゴールデン街のバーで、Windowsの発売のテレビの話を熱く語っていたんです。
すると、横の席で飲んでいた、大人の男性が、話しかけてきて、『おう!そこの若いの!面白い男だね。そんなにコンピューター業界に興味があるのかね?』と話しかけてきて、『そうです!』と答えると、『じゃあ、明日の朝の9時に、この名刺の住所に来い!』と言われ、その男性は去って行ったのです。
お店のオーナーさんに、あの人は?と尋ねると、コンピューター業界の周辺機器のメーカーさんの社長だよ。と言われ、『これだ!と思い、コンピュータ業界に飛び込んだんです』
本当に、この時の社長、川口社長に感謝です。
あれから、約20年も経つんですね。早いものです。(苦笑)

その先、3年は、ヘッドハンティングの嵐でした。

外資系などへ、毎年転職をして、家は渋谷のマンション、給与は、95年の転職の時の約10倍まで跳ね上がり。
そして、独立へ!まさしく、ホップ・ステップ・ジャンプの生き方!
日本の物作りを否定して、売上を上げる日々!
中国の大量生産の時代に、うまく便乗した時でした。

ここから、10年間は、急成長あり、山あり谷あり、奢り高ぶり、感謝を忘れ、銀のつく夜のネオン街に誘惑され、六本木大学からの卒業は出来ず、奈落の底に落ちて行き、徹底的に踏みつぶされ、はいた唾は自分に降りかかり。最後は、ほぼアル中の人生でした。(笑)

本当に、関わった人達やご迷惑をおかけした人たちに感謝とお詫びを申したいです。
でも、一番、自分を褒めてあげたいと思います。なんせ、本当の自分に気付いたのですからね。(笑)

36歳のある日、僕はスピード結婚をして、1年で離婚し、いわゆる成人病と診断され女医に脅され、僕は、自分自身に本気で向き合う事をしました。本当にきつかったです。

その時に、自分の理念・信念を自分の言葉にして創り、今の自分があるのだと思います。
本当に助けられました。
この言葉に、辿り着くまでに、関わったすべての方々にお礼申し上げます。

僕の信念は、『すべての今を受け入れる。そして潜在的ニーズに合わせて、美しく創り続ける。』
この言葉に、何度も助けられて、今という自分がいるのだと思います。

本当に、今までの出来事や関わった方々に、とても感謝です。
本当にありがとうございました。

私のできる範囲内で、何かできることがあれば喜んでお役にたちたいと思っております。

2015年2月25日の勉強会で、偉人の名言と出会いました。
とても、今の自分にとって、シックリくる言葉でした。

『ひとりで見る夢は夢でしかない。しかし 誰かと見る夢は現実だ』
オノ・ヨ-コ
芸術家。故ジョンレノンの妻。

良い言葉ですね。

よろしくお願いいたします。

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